言霊百神

2016年07月20日

古代に広域で用いられていた日本の標準的な文字

古代に広域で用いられていた日本の標準的な文字は
表音文字である。

最近の文字では、約1450年前に
伊勢神宮に奉納文を奉じた物部おこし(尾輿)の文字を
見ることができる。
これは、対馬などにもあり、後白河法皇も用いている。
広範な地域で用いられてきた文字であることが
見てとれる。

祭祀と軍事の総責任者、物部(おおむらじ)尾輿が
神宮に奉納文を奉納した頃は、まだ式年遷宮は
なされていなかった。
また、この頃は神宮(伊勢神宮)ではなく
「さくくしろ五十鈴の宮」と呼ばれていたはずである。

くしろ(釧)とは腕に装備する祭祀具であって
コトダマに関係しているといわれている。

「五十鈴」もまた、五十のことたまのはたらきであって、
そのそれぞれのはたらきを神ともいう。
「神=はたらき」なのである。

コトタマには五十の個性があり、
総称して「ことたま五十神」という。

ご遷宮のはじまりは約1300年前のことである。
一方、物部おおむらじ(大連)尾輿が奉納文を奉じた
のは、1450年前、前後のことである。

また、藤原鎌足(中臣鎌子)が奉納したのは
約1360年前頃なのだから、やはり彼が奉納文を奉じたのも
ご遷宮がはじまる前のことである。

彼等の筆跡を見ると、中臣鎌子(のちの藤原鎌足)の字は
あまりうまいとはいえない。
あるいは、入鹿誅殺を前にして動揺があったのかも知れない。
尾輿は上手である。

再度いう。日本の古代の文字は表音文字である。

● 日本の伝統文字は

父韻8韻の表記と
母音5音の表記とでできていて、
しかも、「あ・うん」の陰陽構造を文字で表し、
五母音と五副母音からなる。

五母音+「五×八」+五副母音=五十音
上記に「ん」のことたまが加わる。

尾輿や鎌子の奉納文の文字は、
当時、東北と沖縄、北海道を除く全域に
普及していた文字であった、といえる。

そういえば、東北(ひたかみ)を舞台にした坂上田村麻呂と
阿弖流為(あてるい)母禮(モレ)の事件は、
西暦800年代始めのことであった。
東北は別な独立した国であった、のである。

更に時代がくだっても安倍の貞任宗任達の国、藤原三代の
国が残っていたことはよく知られている。

「ひたかみ国」の名は、大祓詞にも残されている。
日本書紀には「絵美詩」という美しい表現が標されてもいる。

その「ひたかみ」などの「くに」にの文字は
どのような文字であったのだろうか。
ここでは触れない。

それにしてもも物部尾輿らの文字は
実に科学的でわかりやすく合理的なな文字である。

「あ・うん」に、
イザナキ八韻と、
イザナミ五母音がまぐわって
初めて五十音が産まれるのである。
(これがことたま五十神).
尚、イザナキとイザナミのまぐわいからは「ん」の
ことだまは「産まれない」。

さて、八韻とは、いまだ音にならないが
しかし、「そこにある」バイブレーションである。
創造八神ともいい、カミナリに表徴される。

粘土をこねて文字を刻み焼成したものを
「五十土=いかづち」という。

五母音とは、五つの母音宇宙のことである。

日本の文字は、
一音一語の「音」は、575・57577・あるいは
7575のリズムを基調にすることで
意味がわかる構造になっている。

これが日本文化の特徴である。

「いざなきのはたらき」と「いざなみのはたらき」が
まぐわって、最初に産んだのが
575・57577・あるいは7575のリズムであり、
それが「ひるこ」の意味なのだといえるのである。

「こ」は、575のリズムのとき「こ(虚)」を生み、
57577のリズムのとき「こ(子・個・庫・戸)」を
成す。
7575のリズムは、崩壊系のベクトルをとる。
例えば「荒城の月」は7575の「還り」のベクトルにある。

俳句や和歌がひらがなやカタカナのみで表記されて、
なお且つ段落を付けなくても意味がわかってしまうのは
そういうリズムが先に生まれていたからだといえる。

「ひるこ」は、「霊流子」の字をあてるとわかりやすい。
「霊(ひ=たま)」が連なってリズムとなり、「こ」を
生すのである。

おおした

坂東の平将門の書は「たねこ文字」と云われている文字を用いています。
また、南朝の皇族も用いています。
これは日本のどこの「くに」の文字だったのでしょう。

7月の24日の南木曽流水亭では
この「たねこ文字」50音字のおさらいをいたします。
実に格調高い文字です。

posted by 大下伸悦 at 15:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする