言霊百神

2016年06月22日

7/9(土)10(日) 伊勢神宮に遺された神代文字奉納文/展

7/9.10・伊勢神宮に遺された神代文字奉納文/展
この文書の正式名称は「かみ の み宝」であるという。
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隠岐の島には、いまだ仏教施設はない。
あの島はいまだに「神道のくに」なのだ、といえる。

「神道のくに日本」に、一体の仏像が献上された頃は、
当然ながら、まだ仏教の布教はなされていなかった。

聖なる神道のくにの、祭祀と軍事を担う
大臣(おおむらじ)の物部氏は
名前を
おこし
という。

彼が伊勢神宮に、自分の思いを乗せた奉納文を託したのは
いまからおおよそ
1450年前のことであった。

記された文字は、漢字が導入される前からの、
日本の伝統的な文字によっている。

おこし(尾輿)は、

おほくにぬしのおほかみ
すせりひめのみこと

と、大書して奉納している。
御本人は、
ものへ おうむらし おこし.
と自書している。
「もののへ」ではなく、「ものへ」と自書しているのだ。

伊勢のご神域に大事に遺されてきた
日本独自の文字による
聖なる奉納文で、かろうじて
遺されている
み宝は実に「99葉」にのぼる。
いまだ遺されている幸運、素直に喜びたい。
紙の遺産なのである。現在は、閲覧はできない。
最後の閲覧者は、わたしであったろうと思うところである。

戦前までの正式名称は、「かみのみ宝」という。
しかし、「かみのみ宝」のままであっては、
いまに遺されることはなかったであろう。

宇宙法則を明かし、かんながらの道であるところの神道を、
占領軍司令は神道を宗教扱いし、ご遷宮すら無きものにしようとした。

日本人として、この
「かみのみ宝」の存在を、いまこそ知るべきである。

7月9日10日、横浜市港北区の芸術文化情報ステーション
ギャラリー大綱に於いて

伊勢神宮かみのみ宝奉納文展
を開催。

本邦初公開と云える。

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6月19日20日は緋毛綫の上で記念写真におさまる準備委員さんたちの勇姿が
眩しく感じました。
10月には今回公開しなかった内容を含め、第2回の発表会を
企画しています。
保存委員のみなさまには、是非かかわっていただきたいと思います。

隠岐では仏教を伝播させることはなかったのですね。
そして、聖なる島、壹岐には仏教が入り込む余地がありません。
対馬はどうなのでしょうね。対馬の事情も調べてみたいと思っています。

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物部氏は、大伴氏とともに、神武東征のころからの名門氏族といわれています。
歴代氏族のトップは、まつりごと(政りごと・祭祀ごと)を担って来られたのです。

蘇我氏は、西暦500年代に於いて「大蔵(財政)」を担う大臣(おおおみ)まで
登り詰めています。
じわじわと力を蓄え、物部氏に肩を並べるようになったのでしょう。
しかし、物部氏の祭祀(神道)にだけは口をはさめないのです。

そんな蘇我氏には、「仏教」が、うってつけの対抗策となり得たのでしょう。
しかも目にみえる形で、仏像という偶像を以って多くの衆に訴えかけていくことが
できるのです。

おおした
posted by 大下伸悦 at 23:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする