言霊百神

2015年07月23日

流水亭での古代文字(神代文字)瞑想書法の会(第2回)、ありがとうございました。

20日、流水亭での古代文字(神代文字)瞑想書法の会(第2回)、ありがとうございました。
そのあとは、櫻井さんに案内されて、
「天のやごころオモイカネ(八意思兼)命」の子、「天の表春(うわはる)命」の陵(みささぎ)と
されるご神域を探訪してまいりました。

先月の第1回は、大御食(おおみけ)神社でした。このご神域には古代から綴られてきた
神社の社史社伝が「この国の本来の文字」によって編まれています。

大御食神社は、赤須ヒコが治めていた「クニ」、現在のいな(伊奈)にあります。
その赤須は、天の表春の命の嫡系にあたります。
そして「表春の命」は、天八意思兼(神音)命の子なのです。

「天八意思兼(神音)命」はすでに皆さまご存知のとおり、
「天の岩戸神話」の主役(総指揮官)を荷っている神です。

第1回の「いな(伊奈)」の地探訪にはじまる神話の旅は、どうやら史実をたどる旅の
様相を帯びてまいりそうです。
はじめから「天の」が冠される神々との出逢いに驚かされます。

能登には「あめの宮」の陵(みささぎ)群があるという情報がもたらされました。
岐阜にもまた「あめの宮」があります。

岐阜の白川あたりに赤河という地があり、そこの「あめの宮」のご祭神の一柱が
「大御食」さま…、そして火の神「カグツチ神」と「大ナムチ大神」です。

この「あめ」の神々の系統は、どうやら「しらやま(白山)・おんたけ・ふじ」ラインを
貫く古代国家であったということが垣間見えてきます。

戸隠神社の岩戸開きの神々は、岩戸隠しの物語をともなう壮大なご神事を
あらわしていたのですね。

能登・金沢・美濃・信濃…。この古代文化圏はどこまでの広がりを持っている
のでしょう。

しかも、出雲は対をなす兄弟国であったという仮説をもってことに当たったほうが
よさそうです。

なんと、金沢には「三輪山」があるというではありませんか。元祖三輪山の可能性は
どうやら否定しきれない雲行きです。

次回はまず金沢か能登に飛ぶことにします。
________

さて、「あめの宮」とは、どなたさまのことなのでしょう。
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7月26日は横浜です。
13時30分より、「言霊百神・気づきの会」…。

尚、後半は「新時代の食と農・らくを楽しむ栽培」…。

フロンティアショップさんの主催です。

おおした
posted by 大下伸悦 at 05:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

18日の古代文字瞑想書法の会は台風のため延期。20日が次の候補日です。

7月18日は古代文字瞑想書法の会をなぎそ流水亭で行う予定でしたが
延期します。台風なので念のため。
posted by 大下伸悦 at 13:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月08日

大御食(おおみけ)神社ご神字….神社の古史社伝の存在、日本のみ宝をしっかりと受け止めよう。

  
  すごいですねぇ。
「大御食神社ご神字」による社伝記、正々堂々、社伝として継承されてきた
御宝、この国の正史が残されているのです。
 
超一級の御宝、人類に遺されていた日本国の伝統の深遠なる重厚さ…。
 
日本本来の伝統文字で編まれていますが、実は類似する文字は
ペトログラフのかたちで世界中に遺されています。
しかし、ここまで見事なかたちで残されてきたということが驚きですよね。
 
なぜ、焚書に遭わなかったのか?
いえいえ、焚書に遭った形跡が上箱に遺されています。
ある時代に「蔵書していた倉」が全焼しているのですからね。
 後世、地元の方々には、まさか自分たちの地元にそのような宝物があったなど、
信じられなかったことでしょう。
 
遺された文字を「アヒル(阿比留)文字」とか、「アヒル草文字」などというようでは、
日本人としてあまりにも情けないことだと思います。
 
「大御食神社伝統文字」、あるいは「大御食御神字・赤須文字」などとするのが
ご先祖への礼義ではないのでしょう。
 
いづれにしろ、この文字は、古代日本の広範な地域(伊勢神宮・鹿島・出雲・対馬など)で伝えられてきたものと同じ系統のものなのです。
 この大御食神社に遺された社伝記という文書(もんじょ)の研究家「伴野史郎」氏が
HP上に次の内容を再掲載くださいました。
 
@ 杉板に書かれた「美しの森社伝記」、
A 落合直澄の解読書、
B 翻刻文…。

@ 美しの森社伝記 写真
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/binran10-sugiita2.html

A 大御食神社 社伝記 解読書
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/binnrann/binran1-oomike.html

B 大御食ノ社 年代記(社伝記)翻刻文
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/newpage7.html

以上。

また、神社には、同神社総代会による「1900年記念誌」が用意されています。
「日本人よ、偉大なるご先祖たちがせっかく文字で残してくれた社伝記と、
世界に伝えようとしている伝統文字の存在と、素直に向き合おうではないか」。

そこにあるものを…、しかも日本全国に遺されている文字を
なにが悲しくて無きものにしたがるのか。
有るものを、無し、とすることを恥ずかしくは思わないものだろうか。

実は、伊勢神宮の御神域にも1450年以上前の参拝者の奉納文が
残されている。物部(ものべと読む)尾輿(おこし)直筆の書体が
居間に遺されている。
しかも御醍醐天皇を含め、九十九葉もの歴史上の人物たちの
書(奉納文)が遺されている。
GHQは焚書しようとしたそうだが、奇跡的に遺されたものである。

GHQに限らず、チャイナの昔の覇者たちも、その文字の存在を
知れば焚書するであろうことは心情的に理解はできるが…。

日本人自身が、学位や鼻薬を嗅がされて「なかったことにする」ことに
加担したとすれば……。

バッカジャナイノ、お馬鹿さんじゃないの…。(笑

伴崎史郎さんの研究に、私は、日本人として敬意を表します。
 
 古事記と同等、あるいはそれ以上の価値を持つ文書(もんじょ)の存在を
私たちがなかったことにするということがあってはならないと思います。
 
 古事記以上の価値とは、その、「遺された社伝記文書の文字に対し、
古事記に採用された外来文字(漢字)は、文書の文字への「振りがな替わり」
に用いざるを得なかった方々の文化の違いに対する「正当文字の存在の
次元の高さ」なのだと言いたい。

HP 伊那の谷から古代が見える
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/newpage1.html
 
ブログ 伊那の谷から古代が見える
http://utukusinom.exblog.jp/
 
古代文字便覧
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/binnrann/binran1-aiueo.html
大下
posted by 大下伸悦 at 11:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする