言霊百神

2015年01月06日

言霊百神「天の岩屋戸神話の意味」その1の後1

 
◎ところで…、イザナギ神(伊弉諾の尊)は、女神イザナミ神と交わり
「コトタマ五十神」を産んでもらった。
次に、「コトタマの運用則」であるところの「コトダマ五十神」を生じさせた。
 ここに言霊百神が勢ぞろいしたのであった。「神とはなんぞや。それは、はたらきであり、作用であり、法則のことである。私たちの祖先は、それら宇宙の摂理、法則性などこそが、いちいち「神」なのであると特定し表現してきたのである。
したがって、西洋などでみられる「ある時期生きていた人間が創始した宗教という名の集金システム・マインドコントロールシステム」とは、まったく異なるものである。宗教は得てして「相反して争いを繰り返すこと」が仕組まれていたりするのだが、そういう次元とは全くことなり、そこには「道」があるだけなのである。茶道も華道も武道も神道も、みな同等に、やがていきつくところに行きつくための「道」なのである。
さて、天命を果たし、それを見届けたイザナギ神は、静かに、幽(かそ)けき永遠の隠れの宮「スの宮」にお隠れになられた。
「ス」は、河の真ん中(中州・ナカス)を示唆し、右(陰)でも左(陽=日足り)でもなく、三位一体の真ん中(±ゼロ)であることを意味する。
 それは、「必要ある時には陰と陽の機能を働かせて思いを実現するが、その機能は真ん中にあるエネルギーホール(中庸)の手足なのですよ」、といわんとしているのである。
 陰陽は必要ある時に両翼を広げて思いを具象化するためのはたらきをなすものであって、そこに「陰陽の相対」が独立してあるわけではない。
諍(いさか)いを起こさせるための「はたらき」とは全く無縁のものなのである。
イザナギの大神は、そのことを諭(さと)すように、「アマテラスよ、汝はてっぺん界(天上の界)タカマハラを治めよ」といって「ミクラタナのはたらき(=神)」を御首に掛けてお与えになられたのであった。
天上の界とはなんぞや?
タカマハラとは?…、タカマハラ・ナヤサとはなんぞや?
「アマテラス大御神」の役割とはなんぞや。
「ミクラタナ」とはなんぞや?
スサノヲ神がアマテラスの稲田(いなだ)のアゼを壊し、溝を埋めた、とは言霊上では何を指しているのか?
天の岩屋戸神話が現代に遺す衝撃の真実やいかに…。(笑
 
ともかく言えること。わたしたちは究極の言霊宇宙(天然自然の理)の
仕組みを神話のかたちで継承している、ということなのである。
もっと、威風堂々、夢を持って豊かな「真・善・美・創・愛」の精神宇宙を
楽しんで、上手な旅を続けなければいかにも宝の持ち腐れなのだということを切に申し上げたい。
 
大下
つづく 


posted by 大下伸悦 at 09:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

言霊百神「天の岩屋戸神話の意味」その1の中




(再) 「天の岩屋戸」神話の意味(その1の中)
◎アマテラス神の天命は、「徳の精神」を司る「はたらき」である。
 
 スサノヲ神の天命は「生体維持(持続)を希求する精神」を司る「はたらき」であり、
例えば商工業、農業などの産業・生業などへのはたらきを掲げることができる。
 
月読(ツクヨミ)・月夜見(ツキヨミ)の神の天命は、それぞれ
「真(学問・哲学科学)の精神の界、美(芸術芸能・文学宗教)の精神の界」を司る。
 
この三貴子の受け持つ四つの精神宇宙に、「創造を司る精神と創造」を担う界、
すなわちイザナギ・イザナミ神のはたらきが加わる。
以上、あわせて五つの精神宇宙が「人間としての活動」に付与されている。
「そういえばそうだ」と納得できるのではないか。
 
この「想像と創造を司る精神界」には、「叡智」と「好奇心」と「永遠の微笑み」と「創意工夫」の
パワーが付与されている。
 
なんと、「三貴子」は、人間の生命(魂)や生体の精神活動・生命活動を
司る精神の界であることをあらわしているのである。
 
古事記は神話のかたちで精密に宇宙則・言霊の構造を記録していると
いうことになる。
つづく 
posted by 大下伸悦 at 05:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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