言霊百神

2015年01月06日

言霊百神「天の岩屋戸神話の意味」その1の中




(再) 「天の岩屋戸」神話の意味(その1の中)
◎アマテラス神の天命は、「徳の精神」を司る「はたらき」である。
 
 スサノヲ神の天命は「生体維持(持続)を希求する精神」を司る「はたらき」であり、
例えば商工業、農業などの産業・生業などへのはたらきを掲げることができる。
 
月読(ツクヨミ)・月夜見(ツキヨミ)の神の天命は、それぞれ
「真(学問・哲学科学)の精神の界、美(芸術芸能・文学宗教)の精神の界」を司る。
 
この三貴子の受け持つ四つの精神宇宙に、「創造を司る精神と創造」を担う界、
すなわちイザナギ・イザナミ神のはたらきが加わる。
以上、あわせて五つの精神宇宙が「人間としての活動」に付与されている。
「そういえばそうだ」と納得できるのではないか。
 
この「想像と創造を司る精神界」には、「叡智」と「好奇心」と「永遠の微笑み」と「創意工夫」の
パワーが付与されている。
 
なんと、「三貴子」は、人間の生命(魂)や生体の精神活動・生命活動を
司る精神の界であることをあらわしているのである。
 
古事記は神話のかたちで精密に宇宙則・言霊の構造を記録していると
いうことになる。
つづく 


posted by 大下伸悦 at 05:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日

言霊百神「天の岩屋戸神話の意味」その1前半

前回、勢いにまかせて掲載した内容を精査しながら分割して
稿を確定させていきたい。(私は方向音痴で右と左を混同するクセがある)

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(再) 「天の岩屋戸」神話の意味(1)
まず、前提から入ることにしよう。
◎創造神イザナギ・イザナミ二神の天命は、想像と創造を司る「はたらき」を
なすことにある。
◎先天神十六番目の神イザナギと、十七番目の神イザナミの二神は、
まず「後天コトタマの神々を産み、先天後天、合わせて
コトタマ五十神を誕生させた。
◎コトタマを産むのは女性性のイザナミ神である。
イザナミ神は「コトタマ三十二神」を産み終えると、最後に、絶対に産める
はずのない「ン」のコトタマ神(三三番目の神)を生(な)し、
代償として「コトタマ子産み」の天命を終え、「あちら」側に鎮座なさった。
◎「産めないはず」とはどういうことか?
後天構造のコトタマ「三十二神」とは、「タトヨツテ ヤユエケメ クムスル
 ソセホヘ フモハヌ ラサロレノ ネカマナコ」のコトタマ群のことである。
これらのコトタマは創造女神イザナミが産んだ順の配列となる。
 いずれも「母音(ははおん=ぼおん)五行と、父韻(ふいん)八韻の
「まぐわい」によって産まれている。
創造八神(チyiキミシリヒニ・八神)は先天十七神の側に位置するので、
「八父韻×四母音」で三十二神の誕生となる。
最後に「ン」のコトタマがあらわれるのだが、この「ン(N)」は、父韻と母音の
まぐわいでは産むことができない。
そこで創造の母神「イザナミ神」は、絶対に無理であることを承知で
産む(生む)のだが、その代償として女神の産道は焼けただれ、二度と
子産みができなくなったのである。
 こうしてイザナミ神は、「後天コトタマ三十三神」を産み落とし、
尊い役割(天命)を果たされたのである。
◎これは後に、古事記のなかで「アマテラス神」が岩屋にお隠れになる
「岩屋戸神話」において、織機女(おりはため=おりひめ)が、スサノヲ神の
狼藉によって、女陰(ほと)を「ヒ(機織りの道具)」で突いて死んでしまった。
というシーンと相似象している点が注目される。
◎一方の「イザナギ神」には、コトタマの運用則「コトダマ五十神」を生む
天命が残されている。
男性性のイザナギ神は、産むことはできないが、生(う)むこと・生じさせることは
できる。
そこで、男性性のいざなぎ神は、コトダマ五十神(51〜100)を順に生じさせ、
最後に三柱(みはしら)のウズのミコ(三貴子)三神を生(う)む。
三貴子(みはしらのウズミコ)は、生命活動の源「五つの精神宇宙」のうちの
「四つの精神宇宙」を司る神々である。(ここが大事)….
三貴子は神名「アマテラス・ツクヨミツキヨミ・スサノヲ」の名を冠し、
「三位一体」の運動が展開していくことになる。
この三位一体の運動構造は、マクロにもミクロにも相似象している。
三位一体の関係を、「陰(−極)と陽(+極)」の相対にのみ、
すなわち「対峙・対立・正反」の二面性に矮小視して捉えがちだが、
この二律背反の錯覚が、宇宙律に反する不調和(反自然。破壊行為)を
重ねているのが現代である。
続く
posted by 大下伸悦 at 16:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

言霊百神「天の岩屋戸神話の意味」その1

「天の岩屋戸」神話の意味(1)
まず、前提から入ることにしよう。
◎創造神イザナギ・イザナミ二神の天命は、想像と創造を司る「はたらき」を
なすことにある。
◎先天神十六番目の神イザナギと、十七番目の神イザナミの二神は、
まず「後天コトタマの神々を産み、先天後天、合わせて
コトタマ五十神を誕生させた。
◎コトタマを産むのは女性性のイザナミ神である。
イザナミ神は「コトタマ三十二神」を産み終えると、最後に、絶対に産める
はずのない「ン」のコトタマ神(三三番目の神)を生(な)し、
代償として「コトタマ子産み」の天命を終え、「あちら」側に鎮座なさった。
◎「産めないはず」とはどういうことか?
後天構造のコトタマ「三十二神」とは、「タトヨツテ ヤユエケメ クムスル
 ソセホヘ フモハヌ ラサロレノ ネカマナコ」のコトタマ群のことである。
これらのコトタマは創造女神イザナミが産んだ順の配列となる。
 いずれも「母音(ははおん=ぼおん)五行と、父韻(ふいん)八韻の
「まぐわい」によって産まれている。
創造八神(チyiキミシリヒニ・八神)は先天十七神の側に位置するので、
「八父韻×四母音」で三十二神の誕生となる。
最後に「ン」のコトタマがあらわれるのだが、この「ン(N)」は、父韻と母音の
まぐわいでは産むことができない。
そこで創造の母神「イザナミ神」は、絶対に無理であることを承知で
産む(生む)のだが、その代償として女神の産道は焼けただれ、二度と
子産みができなくなったのである。
 こうしてイザナミ神は、「後天コトタマ三十三神」を産み落とし、
尊い役割(天命)を果たされたのである。
◎これは後に、古事記のなかで「アマテラス神」が岩屋にお隠れになる
「岩屋戸神話」において、織機女(おりはため=おりひめ)が、スサノヲ神の
狼藉によって、女陰(ほと)を「ヒ(機織りの道具)」で突いて死んでしまった。
というシーンと相似象している点が注目される。
◎一方の「イザナギ神」には、コトタマの運用則「コトダマ五十神」を生む
天命が残されている。
男性性のイザナギ神は、産むことはできないが、生(う)むこと・生じさせることは
できる。
そこで、男性性のいざなぎ神は、コトダマ五十神(51〜100)を順に生じさせ、
最後に三柱(みはしら)のウズのミコ(三貴子)三神を生(う)む。
三貴子(みはしらのウズミコ)は、生命活動の源「五つの精神宇宙」のうちの
「四つの精神宇宙」を司る神々である。(ここが大事)….
三貴子は神名「アマテラス・ツクヨミツキヨミ・スサノヲ」の名を冠し、
「三位一体」の運動が展開していくことになる。
この三位一体の運動構造は、マクロにもミクロにも相似象している。
三位一体の関係を、「陰(−極)と陽(+極)」の相対にのみ、
すなわち「対峙・対立・正反」の二面性に矮小視して捉えがちだが、
この二律背反の錯覚が、宇宙律に反する不調和(反自然。破壊行為)を
重ねているのが現代である。
◎さて核心に近づいてきた。
アマテラス神の天命は、「徳の精神」を司る「はたらき」である。
スサノヲ神の天命は「生体維持(持続)を希求する精神」を司る「はたらき」であり、
月読(ツクヨミ)・月夜見(ツキヨミ)の神の天命は、それぞれ「真の精神の界、
美の精神の界」を司る。
この三貴子の受け持つ四つの精神宇宙に、イザナギ・イザナミ神の「創造を司る
精神と、創造」を担う。あわせて五つの精神宇宙が「人間としての活動」に
付与されている。
「想像と創造を司る精神」には、「叡智と永遠の微笑み、創意工夫」のパワーが
付与される。
なんと、「三貴子」は、人間の生命(魂)や生体の精神活動・生命活動を
司る精神の界であることをあらわしているのである。
古事記は神話のかたちで精密に宇宙則・言霊の構造を記録していると
いうことになる。
◎次回はいよいよ、「天の岩屋戸」神話に示されている「利他の精神界」の
宇宙則を紹介することにしよう。
◎ところで…、イザナギ神(伊弉諾の尊)は、女神イザナミ神と交わり
「コトタマ五十神」を産んでもらった。
次に、「コトタマの運用則」であるところの「コトダマ五十神」を生じさせた。
 ここに言霊百神が勢ぞろいしたのであった。
天命を果たし、それを見届けたイザナギ神は、静かに、幽(かそ)けき永遠の
隠れの宮「スの宮」にお隠れになられた。
「ス」は、河の真ん中(中州・ナカス)を示唆し、右(陽)でも左(陰)でもなく
三位一体の真ん中(±ゼロ)であることを意味する。
 必要ある時には陰と陽の機能を働かせて思いを実現するが、その機能は
真ん中にあるエネルギーホール(中庸)の手足なのですよ、といわんとしている
のである。
 陰陽は必要ある時に両翼を広げて思いを具象化するためのはたらきをなすもの
であって、そこに「陰陽の相対」が独立してあるわけではない。
イザナギの大神は、そのことを諭(さと)すように、「アマテラスよ、汝はてっぺん界
(天上の界)タカマハラを治めよ」と言って「ミクラタナのはたらき(=神)」を御首に
掛けてお与えになられたのであった。
天上の界とはなんぞや?
タカマハラとは?…、タカマハラ・ナヤサとはなんぞや?
「ミクラタナ」とはなんぞや?
スサノヲ神がアマテラスの稲田のアゼを壊し、溝を埋めた、とは言霊上では
何を指しているのか?
天の岩屋戸神話が現代に遺す衝撃の真実やいかに…。

ともかく言えること。わたしたちは究極の言霊宇宙(天然自然の理)の
仕組みを神話のかたちで継承している、ということである。
もっと、威風堂々、夢を持って豊かに「真・善・美・創・愛」の精神宇宙を
楽しんで、上手な旅を続けなければいかにも宝の持ち腐れである。
大下
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posted by 大下伸悦 at 10:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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