言霊百神

2014年02月28日

言霊百神…、4)善の精神宇宙

 
4)真善美の精神宇宙のうちの「善」の精神宇宙。
利他の次元、徳の次元ともいう。
 
さて、本題に戻す。「ありがとうございます」の流体意識の源流に、「たかまはらなやさ」という流体意識がある。
しかし、「ありがとうございます」は馴染み深いが、「たかまはらなやさ」という流体意識の存在は初耳である、というひとが多いかも知れない。
それも当然のことではある。
理由は先ほど述べた。「言霊の原理」は統皇(すめらみこと)のみが、その言霊の原理によって世を統べるためのものであった。我々は統皇(天皇)ではない。馴染みがないことが自然なのである。好奇心旺盛な方と情報を共有したいという思いで書き進めているというのが本音である。
 
 「たかまはらなやさ」の流体意識は私たちに持たされた五つの精神次元のうちのひとつで、その天上を流れている流体のバイブレーションである。
 
ここでは、一例として「善 = 徳性(理性)=自他同然の精神宇宙」を示している。
 
「たかまはらなやさ」の流体意識は、「ありがとうございます」という流体意識の源流にある仕組みである。そこで、この流体意識を「○○ゾーン」という言い方で紹介することにする。
 
徳性の精神宇宙は、利他の次元であり、自他同然の精神次元である。この精神次元の仕組みを司るのが、神名アマテラス大御神なのである。
 
この善(徳性)の精神宇宙の八つの父韻(ふいん)の構成は、まだ「音」になる前の「韻」の流体バイブレーションだが、「t/k/m/h/r/n/y/s」の配列となる。そして、その韻のすべてに母音「a/i/e/o/u」がつくと・・・。
 
五行の天辺(てっぺん)界の母音「あ」に父韻がついて「たかまはらなやさ」という流体意識の物語で綴られていく。母音に父韻がくっついて初めて「ことたま」となる。(韻が音になる)
 
アマテラス大御神よ、肉体を持って到達できる至高の精神次元は、天辺界が「たかまはらなやさ」の宇宙である。「その到達域の精神宇宙を治めよ」という物語が込められている。「なやさ」とは「弥栄が成る」という意味である。
 
「たかまがはら」はシュメールやヒマラヤにあったなどという俗っぽい話も面白いが、ここでは「精神構造を成す言霊の軸組の話をしているということを御承知おき願いたい。
 
次の二行目に、創造意識ゾーンの母音「い」に父韻がついて「ちきみひりにyiし」の創造八神が連なる。この八神のうち、濁音がつけられる音が「陽のことたま」である。清音の四音が「陰のことたま」である。四つの男性性(陽)の創造神と、四つの女性性(陰)の神で、やがては四組のカップルになっていく。
 
真ん中(三行目)の徳性(理性ゾーン)の母音「え」に父韻がついて流体意識「てけめへれねyeせ」が並ぶ。
四行目の知性ゾーンの母音「お」に父韻がついて流体意識「とこもほろのよそ」の各神が居並ぶことになる。
 
五行目の生活欲求ゾーンの母音「う」は、流体意識「つくむふるぬゆす」となる。天のウズメの命は、このアマテラスの精神構造の「動詞(行動ゾーン)」を担う。動き踊るはたらきに充てられた神名である。母音「う」に始まり、九番目の「す」を繋ぐ、「うす」のはたらきを担うのである。「うす」はやがて「うず(渦)」をなして抽象を具象化するのである。
 
整理しておこう。この、母音「あいえおう」の五行の重なりが「アマテラスの精神次元の母体となって五十の言霊構造を成しているのである。
また、仏教でいう「五重の塔」にも通じていて、5重を(いへ=家)とも読む。
 
 スサノオの尊の神名を持つ精神次元や、ツキヨミの尊の神名を持つ精神次元は後に解説することとし、先を急ぎたい。
 
大下
無断転載を禁ず。抜粋掲載を禁ず。
posted by 大下伸悦 at 19:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

言霊百神…、5)皇位継承は文字と言霊の継承である

皇位継承は、文字と言霊の原理の継承であり、
言霊の原理の象徴が三種の神器である。
 
 太古から大王の王位継承準備のための「立太子式」において、王子は壺切の太刀の儀式を経て、
甕(かめ=みか)から五十の「ことたま」を取りだす。立太子式とは、王子たちの中から予め
次の後継権者を公式にお披露目する儀式である。
 
 その前段として、聖なる埴土に文字を刻んで焼き固める役割を担うものがいる。
すなわち、焦熱圧によって粘土板の文字に「生命エネルギー」を呼び込む手順をきっちりと踏んでいる。
皇子は、「生命体としての文字」を、自らの行動(封を切り、手を差し入れてことたまを手に取る)に
よって継承するという「陰陽合一の手順」をしっかりと作法しているのである。
 
皇位の継承とは「文字の継承」、あるいは「聖なる文字の継承」を意味している。この、文字の継承による
皇位の継承準備が古代から行われている。
まさにこの国の仕組みは、実に精密にことたまと文字の原理を知りつくして「まつりごと」に生かされている。
現代だろうと古代だろうと、人々を統率するためには、数字と文字が不可欠なのである。
遠く離れたところの人物や物流量の把握は文字なくしてなし得ない。なければ統治はできない。
なければ「必要がツールは直ちに用立てられる」、そういうものなのだととらえるのが自然なのである。
「この品は誰から届いたものだ?」、「どこからだ?」、「何のためだ?」、「数量は?」…、
こういうことも把握できずして為政などできるものではない。それはいつの時代であってもだ。

古代は文字がなかった」ということ自体が噴飯もののいい掛かりなのである。
 
尚、埴土という聖なる土は、現在においては住吉大社から産するのみであるという。
神武の頃は天の香具山からであったようだ。
 
 伊勢神宮の神域には古代からの「いのり」の奉納文が、日本の伝統文字によって奉納され、
残されている。掛け軸大の大きなものが九十九葉(枚)保存されている。
 
焚書される寸前でかろうじて残された宝物なのであるが、さすがは伊勢の御神域である。
 
さて、いのりとは何ぞや。祈りとは「思い」に圧を掛けて生命エネルギーを宿す「行動」である。
祈りとは「流体声音」に生命エネルギーを吸引させる「行動」である。
祈りとは「流体文字」に生命を宿す「行動」なのである。
 
私たちは、神域に足を運ぶという行動を取っている。柏手(かしわで)を打ち、奏上をするという
行動を取って、思いに生命エネルギーを吸引させている。
 
そして、思いと行動との関係性は、「思いが陽・行動が陰」なのである。
 
皇位継承は、文字と言霊の原理の継承であり、言霊の原理の象徴が三種の神器なのだといえる。
 
大下
posted by 大下伸悦 at 11:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

言霊百神…、3)流体意識の源流

 
「ありがとうございます」の流体意識の源流に、「たかまはらなやさ」という流体意識がある。
「ありがとうございます」は馴染み深いが、「たかまはらなやさ」という流体意識の存在は初耳である、
というひとが多いかも知れない。
 
  それも当然のことではある。
  そもそも、一般人や皇族が知る必要は無い分野の話をしているのである。
「言霊の原理」は統皇(すめらみこと)のみが、その言霊の原理によって世を統べるために
手の込んだ仕組みをもって継承なされてきたものだからである。
 
  あなたは、統皇(天皇)ではないのだから知らなくて当然なのである。
 
  明治天皇が用いていたことは事実のようである。
 
 しかし、それにしても、各時代の天皇の御代には「天皇以外知っているひとがいない」という
 決めごとは、危うすぎる。継承できないままに身罷られたなら途絶してしまう。
 
  実際、何度も断絶したはずである。伊勢神宮に残された後醍醐天皇の秘文を見れば
 後醍醐天皇は用いていた節がある。
 
 ここで紹介しているものは、天皇と昭憲皇后に「言霊の原理と書」の解読のために
 お仕えなさった山腰弘道先生からの系譜によっている。
 (明治天皇昭憲皇太后→山腰弘道→山腰明将→小笠原孝次→島田正道→大下伸悦)
 

大下 
posted by 大下伸悦 at 05:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする