言霊百神

2013年11月25日

11月22日、熱田神宮1900年祭、報祝、聖米イセヒカリ奉納とナオライ



旧暦10月は「神ナ月」である。神ナ月とは「神々の月」と
いう意味であり、特に出雲と諏訪は「神在祭」の月となる。

その神在の祭りごとは11月18日をもって一段落したこと
から、さて、ひのもと中央へと目を移そう。

めでたきかな、尾張の熱田神宮は今年で「創建1900年」
を迎えた。
1900年祭のこの年、どうしても熱田の「調和のスサノオ神」
を詣でておきたいところである。

そして、神剣くさなぎの御剣が祭られる八剣宮へと進み、
大国主命、事代主命の社を巡り、それから本殿へと進み
いでることとする。

八剣の「八」には、創造八神が表徴されている。
「ツルギ」の両刃は、「分ける・と・解かる」の法則が表徴さ
れる。ツルギにはツルムという意味が込められている。
ツルムとは「連なる・統合される=調和」という意味である。

剣の先の△は、頂点が調和、左右が陰と陽を示している。

御本殿は「陽」のウズであり、スサノオ・大国主・事代主ライ
ンは「陰」のウズ、すなわち具象化(現実化)のハタラキを
表わしている。

陽の「思い」・と・陰の「行動(実践)」、この知行合一が「生
成発展と調和」をもたらすのである。

「陽」に「天」をあてて、「陰」に「地」を充てると、天神地祇(て
んじんちぎ)の宇宙法則がわかりやすいのではないか。

天(意識界)と、地(具象界)の真中に「霊止(ひと)=自分」が
在る。数霊、一(ひ)・十(と)は、火と水とでも表わされる。
いわゆる、真中にエネルギーホールとしての自分が在る。
神明造りの熱田神宮は、このように「大調和」の構造となって
いる。

驚いたのは22日、長鳴き鶏3羽が「大調和の鳥居」の上の樹
上から、思い実現の法則を実践で示していたことであった。

この木のあたりの樹上には、ときに白ヘビが現れたりするとい
う。「ヘビのヒレ」といえば、すなわち言霊を顕す古代文字の
ことを指す。


 今年は出雲大社の式年遷宮、伊勢神宮の式年遷宮が続き、
出雲の神在祭の賑わいも落ち着きをみせる。そして、11月23
日は新嘗祭、私たちの熱田神宮への新穀「イセヒカリ」奉納の
儀は、この日に行ったのであった。

ご祭神「稲種の命・アマテラス大御神」への聖なるお米の
奉納はベストなタイミングであったと思う。

このイセヒカリには特に思い入れがあり、当然ながら天然自然
米である。中山道は南木曽の西尾さんにお贈りいただいた聖
米なのであった。

 翌24日の熱田神宮でのご神事は、聖なる「トヨ」の数霊によっ
て「ナオライ≒(神人供食)」へと進み、三十三の数霊が示され
て「大調和」への道が誓約されたのであった。

12月22日、冬至…。
ひのもと中央の鶴の舞う地で
新次元の太陽の誕生を祝う・・・。

山本光輝(33数霊、ヨトヤの神、コトダマ50神)
大下伸悦(コトタマ五十神、トヨ、イソナの神)

尚、過去4年の冬至祭は、ヒマラヤ聖者(パイロットババジ・ヨグマ
タジ)を招請…、古事記編纂1300年紀の報祝を兼ねて、やまとの
地で開催されてきました。
今年は「熱田神宮1900年」を報祝し、名古屋の鶴舞にて開催し
ます。

大下
posted by 大下伸悦 at 19:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月22日

12月22日.冬至/新生太陽報祝祈念祭.5年目の今年は名古屋です。

 
人里離れた山中に入ると、
そこには皇太子殿下御成婚記念の碑が建って
いる。
 
アマテラス神が包まれていた胞衣(えな)が洗わ
れたという血洗池が、いま(現代)に遺されていて、
そこにくだんの碑が建立されている。
 
しかし、その故地を目指しても多くの人は見逃し
てしまうだろう。
一日中探して辿りつけずあきらめる人もいる。
 
イザナミの尊はアマテラス神をお産みになられる
と、この血洗い池の石に座られて休息を取られた
という。
その石も現存している。私が訪問したときはこの
石の周辺で不可思議なことが起こり続けた。
 
ちあらい神社は、その血洗池のすぐ近くにある。
 
血統神社という。血統の字を宛てて「ちあらい」と
読む。命名はヤマトたけるの尊によるとされてい
る。
 
ちあらい神社は血洗池のほとりにあったというが、
池が枯れてしまったので少し離れているように感
じてしまう。
 
先日、ここを訪れた友人たちが、血統神社で祝詞
をあげ、境内を箒(ほうき)できれいに掃き清めて
来られたという。
彼らは観光で訪問したわけではなく、聖地のお清
めのためだったようだ。(感謝)
 
神社の横の道を上ると、程なくして根の上高原の
てっぺんに至る。
そこから血洗池とは反対側へと坂を下ると恵那神
社に至る。
 
アマテラス神ご生誕の地といわれる恵那の地は
神秘に満ちている。
 
恵那(えな)山のエナは、イザナミの大神がアマテ
ラス神をお産みになられたとき、アマテラス神が
包まれていらした胞衣(えな)に由来している、と
伝承されている。
 
恵那神社の社名は、ヤマトたける尊に因っていると
いう。伊勢の地のヤマトひめ命にアマテラス大御神
の「胞衣(えな)」を恵那の聖地に戻すようにとの依
頼を受け、この地を訪れた折に、恵那神社と命名な
さったのだが、それ以前は別な神社名であったと
いう。
 
ヤマトたける尊の時代に、既にしてこの地に神社が
あったということになる。
いかにも古いこの国の歴史文化には驚くのみである。
 
恵那神社に改名される前の神社名は、私にはにわか
に信じがたい。よってここではその神社名を伏せて
おく。
 
ちなみに血統神社の建立も命名もヤマトたける尊と
いう言い伝えがある。
 
根の上高原の頂上には古くからの湖がいまだ枯れず
にある。
この湖のほとりに「ヤマトたける尊」が滞在したという伝
承がある。
いまでもうら寂しさを感じるこの山中にヤマトたける尊が
滞在したというエピソードがいまだに伝承されていると
いう事実には驚愕する。
ヤマトたけるの時代のこの山中に、いったい何人の人
間が住んでいたというのだろう。
当時の日本の人口は30万人を超えるぐらいだろうか?
 
「ヤマトたけるが根の上の湖に滞在していた」という話は
地元のひとにうかがったのだが、それではそのひとが
ヤマトたけると、血洗池や恵那神社との繋がりを御存知
かというと全く知らないのである。
 
地元の伝承にはストーリー性がなく、「ここに来た」という
断片情報のみである、というところに事実性が直感される
のである。
 
再び、血統神社のことを思うと、この国の御先祖さまたち
が愛おしく尊く思われる。
しかし、その割には現代人の扱いが雑すぎるという感が
ある。
友人たちがその聖地を掃き清めてこられたというのである。
そのエピソードは、こういうひとたちの「想い」で日本が大
事に包み込まれているんだなあ、とほのぼのしてくるので
ある。
 
彼らが参詣なさったのは出雲の神在祭の終幕の日である。
帰路、諏訪大社にも立ち寄ったのだというが、実は出雲と
同じように諏訪大社もまた、神在月なのであった。
 
出雲と諏訪以外は、全国的に「神無月」なのだが、諏訪は
例外として「神在の神域」なのである。
なにか不可思議な現象に遭遇するだろうと思っていたとこ
ろ、やはりビックリ現象を目の当たりにしたのだという。
 
今年は、出雲大社が史上初めて式年遷宮を成し遂げると
いう奇跡的な年であった。
伊勢神宮の内宮外宮の第62回式年遷宮も人類が誇るべき
歴史上の奇跡である。
 
そして5月、熱田神宮の1900年祭の年でもあった。
知る人は少ないが、実はこの神域は、スサノオ神の聖地の
一部である。スサノオ神の宮殿は現在の名古屋城の位置に
あったという。須崎神社にその名残をとどめているのだから
恐れ入る。
 
ヤマトたける尊の東国歴訪に同道なさったのが、稲種の尊
である。父、景行帝に無理難題を押し付けられ、厄介払いを
されたヤマトたける、その尊に唯一同道なさったのが熱田神
宮のご祭神「稲種の命」であった。
 
二人は「ツルギの法則」にしたがい、見事に東国を統合(調
和)させたのである。
 
しかし、中央(やまと)は、二神の功績に嫉妬し、海路で帰途
についた稲種命を船上で誅殺し、海に放り投げた。
その遺体が流れついたのが、幡豆(ハズ:現在の西尾市)の
浜なのであった。
 
ハズは幡豆の字に取りかえられるのだが、本来は「旗頭(はず)
」のことであり、ヤマトたける行軍の旗頭(はたがしら)、すなわ
ち、稲種の命のことである。
 
命の遺体は、住民たちによって丁寧に祭られ、幡豆(幡頭)神
社としていまも大事に祭られている。
 
稲種の名に表わされているとおり、穀物(農)の豊穣の神であ
る。新興の中央政権(やまと)は、ことあるごとに尾張の神を
頼り、尾張は妃を輩出させ続けることで関係を保ってきた。
 
しかし、全国に足場を築いた中央政権には、ヤマトたけると稲
種の命は目の上のこぶとなったのであろう。
 
稲種の命の妹君、ミヤズひめと結ばれたヤマトたける尊は、ヒメ
に草薙(くさなぎ)剣を預けたうえで世を去ったのであった。
 
言霊の原理を表徴する神剣「草薙の剣」は、スサノオ神によって
アマテラス神にもたらされた。そこにはサルタヒコ神の存在が見え
隠れしている。
 
アマテラス神の窮状を救ったのはサルタヒコ神であった。
須崎(尾張)にあったスサノオ神との仲裁の労を取ることで調和を
成し遂げたのであった。(現在の須崎神社がスサノオ神の宮殿)
 
が、いずれ、そのサルタヒコ神が邪魔な存在になるであろうと
思いこんだ神によって、神路山の日の神「サルタヒコ神」を
二見ヶ浦の海上の鳥居の先で、船から突き落とし櫂(かい≒貝)
で挟み叩いて溺れさせた、というような物語もある。
 
それ以来、二見ヶ浦には「かえれ、かえれ、よみがえれ」と、魂を
呼び戻す「興魂神社」が祭られている。
 
調和の神「サルタヒコ神」の魂が再び興る(興魂)ことを予見され
ているのであろう。
 
神は海中に坐(ま)す。と、二見ヶ浦には言い伝えられている。
 
その神はだれか?その神は新しい太陽としてよみがえる。
 
古い太陽が沈み、新生・利他の太陽がよみがえる。
利他共生の調和の次元宇宙がよみがえる。
 
◎冬至…。
12月22日、古い太陽が沈み行き
新生の太陽が生まれる日…。
 
それは「岩戸びらき」の神話にも表徴されている。
(二見ヶ浦の興魂神社の神域にも天の岩戸がある。驚くばかり)
 
 
◎さて、過去4年間、ヒマラヤ聖者「パイロットババジ・ヨグマタジ」
を招へいし、あるいは、ヤマトの地で「古事記編纂1300年祭」と
して、この新生太陽のよみがえりに祈念し報祝してきた。
 
今年は11月24日、熱田神宮ご祭神へ聖なるお米「イセヒカリ」の
ご奉納、そして聖なる数霊による神人供食(ナオライ)の儀を経て、
 
12月22日(冬至)を選び、ひのもと中央の地、名古屋の地におい
て、聖なる時を持つ。
 
・・・・・12月22日、
古い太陽が沈み行き
新生の太陽が生まれる日・・・・・。
 
◎◎冬至・・新生太陽報祝祈念祭◎◎
5年目の今年は名古屋です。
 
山本光輝(数霊32/33、そして48言霊)
 
小滝流水(大下伸悦:言霊50/100神)
もうおひとり…、さてどなた?
 
書の威力を思い知ることになる。
利他共生の精神宇宙「アマテラスの
天津太祝詞」がよみがえる。
否、それを超える精神宇宙が出現する!
 
「あいえおう」の精神宇宙とはなんぞや?
そして、
「いうおえあ」の精神宇宙とはなんぞや?
 
「聖なる数霊」の一員として集うことになります
のでよろしくお願いいたします。
 
念のため、筆ペンをお持ちください。
笹の葉が手に入るひとは笹の葉をご持参ください。
(身近に生えているひとのみ)
 
会場:名古屋(つながれっと):
 
最寄駅:鶴舞
 
−−−−−−−
 
尚、11月24日は、数霊が完結しておりますので
当日参加は無理です。(ごめんなさい)

大下
posted by 大下伸悦 at 21:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月04日

第六の精神宇宙の顕在化。(追加文含む)

  山本光輝氏から示された
第六の言霊精神宇宙の暗在

事実には衝撃を受けた。

それは
母音宇宙 い・う・お・え・あ
の暗在である。

すると、
創造八神の韻の龍体の
特定が(私のなかでは)急がれる。

天上界に
創造の親音・い・
が在る。
そして
中央界に
・お・
が位置している。

あまつすがそ

悟性の精神宇宙ということになる。

タカラ音列の
精神宇宙に近いことは確かだが、
しかし、
創造の親神が天上界にあるのである。

アマテラスの精神次元宇宙とは
明らかに異なる精神次元が
顕在しはじめたことが
ヒフミ言霊音列と、
いろは言霊音列から
わかる 。

アマテラスのタカマハラ界、すなわち
利他共生の精神次元へと回帰する
はずだとばかり思っていたのだが、
私の想定を越える時空が
先ずは
この日本に顕現しはじめた
ようだ。

立花先生の
きみがよものがたり
が出版されて
一周年を迎えた。今回の
サラシャンテイでの集いは
それを記念してのものであったが
立花先生の言霊宇宙の展開は、
33の後天構造(マナ)が
駆使され、
32の護りと包み込みが
暗在されていて
更に123の時が刻まれていて、
実に精緻な真善美の包み込みの
世界であったことには
驚愕した。

12月はこれらのことについて
具体的に触れてみたい。

これらの場の創造を展開し続ける
サラシャンテイの清水正博さんと
いうひとには敬服する。

大下 
posted by 大下伸悦 at 10:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする