言霊百神

2016年08月25日

一言主の神は、一言は実現させる。

奈良の御所に行ってきた。 
なぜ「御所」という地名なのか。
なぜ、葛城山系に高天原があるのか。
訪問先のすぐそばに有名な一言主神社がある。

一言、言ったことは、叶えてくださるという。

ところが、行く先々であり得ないことが急展開していく。

葛城は、雄略大帝のおひざ元だが、
農業の神様、薬の神様、虫祓の言霊で有名な下照ひめ、思いかねのみこと
スサノヲさまと立て続けに引き合わされる。

意図してうかがったわけではないのだが…。

御所は、とんでもない所でした。

今までの仕事をたたんで、新規就農へと行動を移された二宮さんの
農園は、当初売上1000万円プロジェクト。
一言主の神様のひいきがはじまったようです。

戻ってみると駅前広場の正面の商業用の施設はすでに改装を終え、
タダ同然で使わせてもらえるような雲行き。

数日前に、思い描いただけですが…。

さて、8月27日、横浜で「言霊百神の会」
今月も、参加します。

体を動かしますので汗をかいてもいいように
タオルなどをお持ちください。

おおした
posted by 大下伸悦 at 23:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

7月30日、横浜港北での「言霊百神の集い」、今回のテーマは「言霊百神の源流」

会場は、横浜港北(綱島駅徒歩7分)ギャラリー大綱(大綱会館)
 
 13時00分 開場
 13時30分 躰道よみ還りのワーク
      言霊百神の源流
      蘇生系と崩壊系のゆらぎ
      上手に生きる.1
 14時45分 小笠原孝次のことだま百神
 15時30分 呼吸書法のワーク
 16時30分 終了
 3会場を使って行います。
 前半は1階奥ギャラリー右
 中盤後半は2階右会場
 懇談会は、1階カムナcafe(希望者のみ). 

ギャラリーの伊勢神宮奉納文/展は、非公開ですが、
参加者は13時からと休憩時間にご覧になれます。

残席8名です。体調が悪い方は別メニュー追加
11時にいらしてください。
080-6778-7945 ooshita


※長野県南木曽流水亭での
 7月24日の
 古代文字瞑想書法の会&「たねこ文字50音編集会」は
 ありがとうございました。
 次回は8月20日、7月参加者のみ可。

 たねこ文字の編集会議です。

おおした
posted by 大下伸悦 at 14:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月23日

太の安麻呂卿のお墓と、いまに遺されているお骨のことなど

 私のブログのひとつに「起きたことは必要必然ベストととらえ、上手に生きていく」というタイトルのものがあります。
その写真の背景は、実は太安麻呂の墓前です。4年前の写真です。

奈良の平群の山の中に、火葬されたお骨が残されていたのです。
もちろん正式な安麻呂のお墓です。
たしか元正天皇(女性)も火葬だったはずです。

その現存していたお骨は、4年前、古事記編纂1300年紀にちなんで太安麻呂のゆかりの神社に還され、いまはご先祖とともにあります。
私も立ちあいました。

 その安麻呂卿は1308年前に、伊勢神宮へ奉納文を奉じています。
和銅元年のことです。
が、いま、彼の筆跡そのままの奉納文を目の前にすると、さすがに彼が眼の前に現れてくる思いがして気持ちが高ぶってしまうのです。
 しかも、この奉納文は、伊勢神宮の式年遷宮が行われ始めた頃の奉納文なのです。
さすがは、神領の伊勢です。「かみのみたから」としてていねいに継承されてきたのです。

そして、その奉納から4年後に古事記が編纂されています。

 彼が奉納した文の内容は、信州の「美しの森の大御食(おおみけ)神社の古代文字での正規の社伝記へとつながっていきます。キーワードは「ヤマトたける」、あるいは「やまとたけ」です。

この神社の社伝には、西暦でいえばAD100年頃から以降900年間近くにわたる出来事が記載されています。

 この社伝記からみると、やまとたけ尊が「みかど(天皇)」であったこと、その子仲哀天皇の后、神功皇后も「みかど(天皇)であったことが読み取れます。

使われている文字は、全国の分布例からみて、やまと全般に普及していた標準的な文字です。
面白いのは微妙に地域差があるという点です。
それは、当時は印刷機がなかったということを物語っているともいえます。
筆字は下記グセに個人差がでるという当たり前のことを認識したうえで点検していく配慮が必要です。
地域に普及するなかで、変形していった文字もあったということも視野に入れておく必要もあります。

そこに、残されてきた文書や、文字がある。
どの時代かのどなたかの思惑は無視して、遺された文書などの物証をもって
各人が日本の国の歴史の長さと、継承されてきた文書の価値を認識すればいいだけのことなのです。

この大御食神社社伝記もまた、人類の御宝なのであります。

おおした
posted by 大下伸悦 at 02:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする